vol’05
蝉の声を聴きながら書店に入る
息苦しいほどの湿度が毎日続いていたが、この朝は世界が除湿されたような涼やかな朝だった。気温が高くても湿気が無いだけで気持ちのいい夏になる。
今朝、大洗の森から蝉の声が聞こえてくると、自分の目に映る夏の風景は変わる。様々な場所で聴いた蝉の声が風景を映す。子供の頃の世田谷公園のプールの帰り路、父の故郷の熊本に帰ったときの蝉時雨、映画の中の蝉の声...
真夏の日差しを浴びながら書店に行く幸せの時間。チリンチリンと鳴る自動ドアを開けると冷房の効いた空気が身体を包み、紙の匂いがすうっと鼻に入る。沢山の異世界が掛かれた本たちが待っているのだ。夏の文庫フェアと称した文庫本が平積みされている。文庫本の美しい表紙を眺めているだけでも素敵な時間。ああ、夏休み。最初の1頁を眺めて惹かれたら、レジに持ってゆく。
蝉時雨の中、家に帰るまでのあの気持ち。ご飯よりも眠ることよりも、本の中に旅することが楽しみで仕方なかった。